【レースまで】
このレースに申し込んだ時点から、11月に“湘南国際マラソン”でキッカケを作り、2月に行われる本命レースの“別府大分毎日マラソン”へ向けての本格的なトレーニングを始めようと考えいていた。
9月14日に“白馬国際トレイルラン”に出場したのだが、大体のプランは、それまでに持久的な体力を高めてベースを作り、その後スピード練習を始めてマラソンを一定ペースで走りきれるペースを徐々にアップしようというモノだった。つまり、はじめから11月にピークまで持って行く気は無かったのだ。
ところが、ブログでも書いてきた通り、“白馬トレイル”の後に風邪を長々とひいてしまい、すっかり出遅れてしまったのだ。だから、ギリギリになって付け焼刃のトレーニングをするしかなくなり、レース前3~2週間はワタクシにとってはハードなメニュウを強行せざるを得なくなってしまった。調整期間もいつもよりも短くなり、レース前に体力を回復できるかどうかも心配な状態でレース当日を迎えたのだった。
【レース】
大会当日は、懸念していた風が無く走りにはほとんど影響なかった。好天に恵まれたお陰で気温が上がったがそれも走りに影響するほどでは無く、スタート前のセレモニーで徳光和夫さんがおっしゃるには、
「今回が今までの中で最高のコンディション(確かこんな内容だったと思う)」
とのこと。
予想していたタイムを上回ることが期待出来そうだと考えて、スタートラインで号砲を待っていた。
その予想とは‥
「4'12"/kmペースを基本として、後半に遅れても前半に蓄えた貯金で相殺出来ればイイ!」
ってモノ。
つまり、アベレージ4'12"/kmで走り切って完走タイムを2時間57分13秒に設定したのであった。
いざスタートをするが、当初から力を入れていた大会では無かったのと、練習量が不充分だったせいもあり、集中力が高まってこない!?現状で命一杯の走りをすると決心していたのだが‥これがナンとも中途半端な緊張感!
スタート直後は、それぞれのペースで走り出す大勢のランナーが入り紛れていたせいもあり、自分のペースがなかなかつかめないまま‥1km、2km‥5km‥10km‥と進んでしまった。
「体の状態を見つめられない!」
「呼吸の状態が判断できない!」
かろうじてフォームは確認していたが、ペースが定まらないのでリズムに乗れない!
ようやく12kmを過ぎたあたりで体の状態を把握出来るようになったが、ここまでのペースが速過ぎたのか余裕があったのかは分からなかった。
時計では、予定の4'12"/kmペースを遥かに上回っていたが、コースはずっと緩やかに下り続けていた。風はほとんど感じなかったが沿道の幟のハタメキを見て、
「追い風なんだろう」
っと判断した。
下りの追い風。予定のペースを上回るのは当たり前である。それに元々前半で貯金を作る作戦なのだから、無理さえしていなければドンドン貯金すべきだと考えた。何故ならば、折り返したら全く逆の状態になるからである!
「タイムの貯金は体力の借金」
っという格言が頭をよぎるが、
「後半潰れても、それはソレでイイ経験になるだろう」
とも考えたし、
「潰れる前に落とせばイイ」
とも考えていた。‥ワタクシにしてはいい加減なレース運びである。
こうなってしまったのは、練習不足で自分の体力を正確に把握出来ていなかったからだろうと反省している。練習不足では体調に敏感になることは出来ない。微妙な感覚が分からないのである。
そういえばレース5日前にスタートから10kmまでをシミュレーションして走ったのだが‥楽だと思って走っていたのに、どう考えても実力以上のペースで走っていたし、ペースが一定していなかった。
こんな状態だったので走りながらも余計なことをアレコレ考えたり、周囲の選手や沿道の応援に気を取られてしまい、一向に体と対話が出来ないまま第一折り返し点(19.2km)まで来てしまった。
すると、ここで異変!
折り返すと登りになったのだが、ここで右フクラハギの古傷がヒキツルように痛み出した!
180度の方向転換と下りからの登りへと変わったせいだろうか?
それなりに痛んだが未経験の痛みでは無い。‥しかし、まだ半分も走っていないのだ!
不安になる。ペースをやや落とすが4'12"/kmペースは保ちたかった。
しかし、その感覚が分からない。走り込んでいればペースは体が勝手に作ってくれる‥まるで
「時計の方が走るペースに合わせているのでは?」
ッと思うこともある。
しかし、今回は時計を頼りに走っていた。
今にして思えば、時計に頼っていたので体と対話が出来なくなっていたのかもしれない。
平坦なコースだと見くびっていたのか‥微妙なアップダウンと橋を渡るときに受ける風‥これらの変化に対応出来ていない!いつもよりもコースの観察が緩慢になっていた。
結局、後半は行きあたりばったりの走りになった。
それでも体調には気を配り潰れないペースかは確認していたが、確信を持てないペースで、
「落ちているのか?‥保てているのか?‥上げているのか?‥」
良く分からないまま不安を感じながら走り続けた。
いつしか右フクラハギの痛みは感じなくなっていたが、30kmを過ぎると大幅にペースダウンをしてしまった‥いや、実力通りだったのだろう。
30kmを過ぎてからは残りの距離をカウントダウンした。
「あと12km」‥
「あと11km‥10km‥7km‥」
「あと5km!」
ここまで来ると自分に厳しくなれる‥距離に対する不安は無くなった。
「前へ!前へッ!」
練習で走ったラスト5kmを思い出す。
「練習ではもっと追い込んでいたぞ!」
っと発破を掛ける!
頭の中でボクシングをしていた頃のラストコールが鳴り響く!
‥「ラ~スト、ラスト!」「ラ~スト、ラスト!」
「ラスト!」「ラスト!」
「ラスト!」「ラスト!」‥
「あと3km!」
「勇気」と「向上心」を両手に入れて走る!
‥そして第2折り返し地点(39.6km)。
残り2km半!
あと、10分ばかりで競技終了である。
「出し切れ!」
「甘えるな!」
‥川内優輝を思い出す‥
もがく、そしてモガク!荒い呼吸が声になる。
「アアッ!ぁアっ!」
「あアッ!ァあッ!」
‥‥‥!!!
ここまで来たら
「誰にも抜かれない!」
「前のランナーは絶対に抜く!」
1人、2人、3人‥追いつき抜いた、そして抜いた!
会場へ向かう!カーブしながらの登り坂!
ここでも抜く!
そしてフィニッシュゲートが見えた!
全力疾走!
‥サングラスを外してフィニッシュテープを切った!
‥爽快!快感!‥反省‥そして感謝!‥複雑な思いが湧き上がった‥
スピードダウンして回れ右。そして一礼。
立ち止まって喘ぎ喘ぎ膝に手を当て‥そして、しゃがみ込んだ‥
なかなか荒い呼吸が治まらないが、立ち上がり導線を歩いた。
スタッフの方々には、極力全員に、
「有り難うございました。」
と言いながら進んで行った。
一応、目標は達成できたし、頑張れた。しかし、課題山積だと身を持って感じた。
また、レースに臨むには少々早過ぎたかとも反省した。大会を練習の場にしたような感があったので、罪悪感を感じてもいた。
きっと、この大会を本命レースに設定したり、是が非でも出場したかったのに出場権を逃がしてしまったランナーもいたハズだ。
しかし、それでも現状でのベストは尽くすことが出来た。ラストはかなり厳しく追い込むことが出来た。レース直前になってしまったがハードメニューをこなしていたし‥これで許してもらえるだろう‥
色んな点で、収穫の多いレースであった。
毎回のことですが、大会関係者の方々には深く感謝しています。
事前準備から終了後の片付けまで、本当に有り難く感じています。
有り難うございました。
また、一緒に出場した選手の方々、残念ながら走られなかったランナーの方々、沿道で応援して下さった方々。他にも大勢の方々に支えられて走ることが出来ました。
有り難うございました。
スライドショー:オールスポーツ撮影(下4枚)